掲示板語録 その1
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「神」 の存在 投稿者:ひろなか  投稿日:11月21日(日)09時14分46秒

 私は「神」の存在を信じています。別に周囲の人たちにそのことを強制しよ うとは思っていません。でも、自分とし ては信じているのです。「宇宙の意志」と言っても良いかもしれません。この「想い」は理論的なものではありません。ましてや科学でもありません。でも、何 となく信じているのです。
 そして、自分という存在がこの「宇宙の意志」の一つの表現だとも感じています。もちろん、まりさんも ルゥさんも ウルルンさんも leoさんも さと しさんも おきさんも みどりさんも うさぎさんも タイジュさんも メープルさんも けいさんも、それからアドレリアン仲間のアドママさんも飯守さんも ラベンダーママさんも、みんなみんな同じ「宇宙の意志」の一つ一つの表現だと思っています。
 みんなつながっていると思っています。

医 療機関 投稿者:ひろなか  投稿日:11月23日(火)

 カウンセリング・心理療法は、元々は医者たちの手で生まれました。しか し、精神医学はその後の向精神薬の発達 で、向精神薬中心の対処療法に特化していきました。それで、カウンセリング・心理療法は、医者ではなくて「心理カウンセラー」に受け継がれていきました。 その過程で医学ではなくて伝統的な心理学の流れも大幅に入ってきました。
 アメリカでは地位と仕事も確立されていて、各地でその州で認定された臨床心理士(日本の臨床心理士とは全く違うものです)が業務を独占しています。医者 や弁護士がその業務を独占しているのと同じです。
 さて、一概に心の病とは言っても、様々です。統合失調症、大鬱病などは完全に病気の範疇です。しかし、病気なのかそうでないのかよく分からない範疇のも のがたくさんあります。例えば、普通の鬱病、日本ではほとんどの人が自覚をせずに、自然治癒していっているようです。ただ、問題はその結果、日本が先進国 随一の自殺大国である事実です。自殺の大半に鬱病が潜んでいることは周知の事実です。アメリカでは「心の風邪」と言うくらいにポピュラーで罹ったことを隠 しもしない病気ですが、日本では差別が横行しているためにみんな隠しますし、自分が鬱病になったことを自覚したくない人が大半です。
 アメリカで鬱病にかかった人は、当然ながら精神科医と臨床心理士を両方受診します(一部の州では薬の処方も出来る臨床心理士がいますが)。急性の症状を 治めるためには精神科医の処方した抗うつ剤が必要ですし、長期的に快復するためには臨床心理士のカウンセリングが欠かせません。
 私の知人に四人、カウンセリングの訓練を受けた医者がいますが、数多くの精神科医・心療内科医の中ではごくごく少数派です。そして、これらの「出来る」 医者も保険医療点数のために一人の患者のために60分などのまとまった時間をとってカウンセリングするのは不可能です。
 ある程度の大きさの精神病院や心療内科には心理カウンセラーを常駐させると良いのです。看護師やソーシャルワーカーや放射線技師などのように必要に応じ てです。しかし、他の医療の仕事と違って公的な資格がないことが非常にネックになっています。
 また、もう一つの問題はカウンセリングの保険の点数です。現状では35点、つまり3500円です。これでは満足にカウンセリングが出来ません。あるいは 腕の立つ心理カウンセラーは病院では働かないでしょう。しかし、保険点数の改定も心理カウンセラーの資格が確定していないせいで現状では難しい気がしてい ます。
 厚生省自体は2、3年前に「医療保健心理士」と言う国家資格を作ろうとしました。しかし、臨床心理士会などの猛烈な反対にあって潰れてしまいました。た ぶん理由は二つあります。一つは医療保健心理士の行う心理業務が医者の指示のもとにおかれようとしたことです。医学とは全く違う体系である心理学の業務が 医学体系の医者の指示におかれることが「心理学の独自性を失わせる。」と思われたようです。もう一つは、せっかく作った臨床心理士の資格が消え去る危険性 です。資格大国である日本では国家資格である医療保健心理士の資格を持っていれば、一民間資格である臨床心理士資格など不必要になります。
 精神医療の受益者のことを考えれば、医療保健心理士の資格は必要だし、心理学自体のことを考えると医学的観点からの臨床心理業務が主体になるのはおかし い気もします。
 だから、「医療分野での心理士の資格」「教育分野での心理士の資格」「産業分野での心理士の資格」の三つの資格を同時に公的資格として作ると良いと思う のです。そして、開業の心理カウンセリングはこの三つの資格のうちどれかを持っていなければ、出来ないようにします。
 利点がいくつかあります。三つの柱があることで心理学の独自性は失われません。教育や教育分野の心理学に全く疎い臨床心理士がスクールカウンセラーとし て学校に来る今の現状が正されます。全く勉強していない知識も技能もない自称カウンセラーが開業している現状が正され、クライエントは安心して相談に行け るようになります。医療機関は積極的に心理カウンセリングを医療の中に位置づけることが出来るようになります。すべての分野にわたって活躍したい人は三つ の資格をすべて取ればいいだけですみます。
 厚生省と文部科学省と産業労働省の役人さんは協力してやってくれませんかね。
 小さい秋さん、どうでしょうい?心理士の資格が確定したら、お薬がほしい人は医者の所へ行く。医療的なカウンセリングがしたい人は医療系の心理士の所へ 行く。子育てや、家族関係や不登校などの悩みのある人は教育系の心理士の所へ行く。これでどうでしょう?解決できませんか?

自 分らしい生き方 投稿者:ひろなか  投稿日:11月25日(木)
 難しいですね。自分らしい生き方ですか。一言では言いにくいですが、あえ て言うとしたら「誰かの役に立つこ と。」ですかね。周囲の人のひとり一人のことを考えて、自分のできる範囲で役に立つことです。家族のために役に立つこと。友人のために役に立つこと。世の 人々のために役に立つことです。
 嫌われたくないために何かをすることではありません。「喜ばせなければならない」という強迫観念ですることでもありません。
 相手のことを本当に考えて、相手の幸せを祈って何かすることです。もちろん、親切の押し売りは共依存ですが。

幸 せ 投稿者:ひろなか  投稿日:11月25日(木)21時58分57秒
私が幸せを感じるとき。
朝ご飯を作って、娘や妻からおいしいと笑顔で言ってもらったとき。下の娘を「好き好き!」とだっこしたら、ぎゅって抱きついてきたとき。家族のために部屋 の掃除をしているとき。(誰も何もいってくれないけど幸せを感じる。)クライエントの方の問題が解決して「では今回でカウンセリングは終了しましょう。」 と終了をお祝いしたとき。生徒を教えていて「分かった!」と目を輝かせたとき。「あ、それいっしょにやろうか?」と同僚の仕事を手伝っているとき。部の生 徒と海岸を清掃しているとき。
じゅんさん。本は、後で調べて紹介します。

そ うですね。 投稿者:ひろなか  投稿日:12月 2日(木)21時22分57秒  はい。自己決定が全てです。アドラーは「あらゆる人がどのようなこともしようと 思えばできる。」と 言っています。「やって出来ないことはない。」と言い換えても良いかもしれません。
 人の人生は、全てその人の認知が決めてしまうのです。

嫌な出来事 投稿者:ひろなか  投稿日:12月13日(月)20時01分 5秒
 嫌な出来事、特に「値引き」(悪意でけなされることなど)をされたとき に、そのことを平気に思うことは簡単ではありません。攻撃を受けたわけですから、当然腹が立ちます。
 攻撃を受けたときには、怒りを使って反撃しましょう。破壊的にならない程度に。

小 さな良いこと 投稿者:ひろなか  投稿日:12月21日(火)21時27分57秒  ようすけさん。ねえ。なんか小さな良いことできません?まず家庭でいろんなこと ができません?家庭 にはいろんな家事がありますよね。掃除、洗濯、料理などなど。ようすけさんのできることはないですか?家事をするということは、家族のために役に立つとい うことですよね。
 外でも何か良いことができませんか?ゴミを拾ったり、誰かを助けたり。
 何でも良いのです。小さな小さな、ちょっとしたことで良いのです。

そうですね。 投稿者:ひろなか  投稿日:12月23日(木)20時06分 50秒  学校でも、級友や先生に小さな親切をしてくださいね。自分がしてもらったらうれ しいことをするのが ポイントです。する前に「〜しましょうか?」などと提案・確認して相手がうんと言ったらしてあげるのが、共依存にならないためのコツです。
 お節介にならないように小さな親切を積み重ねていくことが「性格=ライフパターン」を変える決め手です。

依存症 投稿者:お答え  投稿日:12月28日(火) 依存症というのは、自分の人生の課題(人間関係)に勇気を持って立ち向かう代わり に、何かに依存して 逃げてしまうことです。アルコール依存、ギャンブル依存、SEX依存、共依存などがあります。

してあげられること 投稿者:ひろなか  投稿日:12月28日(火)21時49分 25秒  「僕に何かできることある?」「何かあったら手伝うよ。援助するよ。」「僕にで きる範囲でするか ら、遠慮なく言って?」と言って、その入院している人に聞いたらどうでしょう?
 何かを頼んでくれたら、できる範囲でやってあげたらどうでしょう。
 相手に何も聞かないで、何かの「親切」をするのは、共依存です。

共依存 投稿者:ひろなか  投稿日:12月29日(水)
 二人の関係が、片方は自分の人生の課題(自分が責任を持って行うべき人間 関係)を代わりにやってもらい、もう片方は、相手の課題なのに勝手に手を回してやってあげる関係です。
 自分の課題をやってもらう方も、相手の課題をやってあげる方も、そのことによって自分の中にある空虚さ=自信のなさをごまかします。お互いに立場は違う けども、そのごまかしに依存して「自分の課題は自分で責任をとる」ということから逃げることができます。
 これが、片方が赤ん坊で片方が親の場合は、人生の本の一時期に生じる健康な共依存状態です。赤ちゃんは当然自分の世話ができません。親は赤ちゃんの世話 をすることに喜びを感じます。だからと言って、自分の世話ができる年齢の人の世話を焼いて喜びを得ようとする行為は、不健康な共依存です。
 もっと詳しくは、私のホームページの共依存を見てください。

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