アドラー心理学を学ぶ 勇気づけのページ 福岡 熊本 共依存・アダルトチルドレンの克服

 

 
 
 
 



ある人の夢は、その夢を見る人が人生の問題に取り組んでいるということを、また、彼がどのような仕方でそれに対する態度を決定するかを暗示している、と 言える。

特に、まわりの世界に対して態度を決定するに際しても実際、夢を見るものに影響を与えるあの二つの要素、つまり共同体感覚と力を求める努力は、夢におい ても重要なものになり、少なくとも痕跡のうちに現れるのである。(人間知の心理学)

※アドラーはいくつかの夢のケースをあげた後、このように総括しています。アドラー派の夢分析 は、必ず他の現れ(今の生活、幼児期の記憶など)の分析と共に進める。夢だけをもとにあれこれと 分析しません。アドラー派では夢は「人生スタイル」の一 つの現れであると考えるのです。

 性格


われわれは性格というものを、人生の諸課題と取り組もうとする人間の心の一定の表現形式の現れと理解する。

それゆえ「性格」(Charakter)とは、一つの社会的概念である。われわれは、ひとりの人間とまわりの世界との関連を考慮するときにのみ、性格特 徴について語りうる。

例えば、ロビンソン・クルーソーのような人の場合には、彼がどんな性格を持っているかは重要なことではないであろう。

性格とは、ひとりの人間が自分のまわりの世界にどのように対するかという、その仕方、様式であり、その人の精神的立場であり、また評価を求める彼の衝動 が自分の共同体感覚と結びつきつつ貫徹される導線なのである。(人間知の心理学)

※アドラー心理学は社会的な関係性によってのみ人間を捉えること ができると考えています。

 

 記 憶

心のすべての表現のなかで、もっとも啓示的なのは個人の記憶だ。

記憶というのはその人が自分自身の限界や状況の意味について持ち続けている思い出である。

「偶然の記憶」などというものはない。人は無数の印象のなかから、どんなにぼんやりとしてはいても、自分の状況に関係があると感じるものだけを記憶して いる。

つまり、記憶はその人の「人生の物語」を表しているのである。それ(記憶)は、人が自分の暖めたり慰めたりするために、また自分の目標に集中させておく ために、さらに過去の経験を用いて自分を準備するために、そしてすでに試験済みの行動スタイルで未来に直面するために、自分に繰り返している物語なのだ。

※そう、記憶は、私たちが自分という存在を確かめるための道具なのです。

 人間知の欠如

 人間知の欠如がもたらす重大な結果は、多くの人間が隣人たちとの生活において、失敗しているということである。

多くの人間が互いにすれ違い、話がかみ合わず、一致点を見つけられないということは、際立った、そして厳しい事実である。

社会という広い枠組みだけではない。家族というきわめて狭い輪の中でさえ、互いに疎遠になっている。

親は自分の子どもを理解できないと嘆き、子どもたちは親が理解してくれないといって嘆く。

しかしそれでも、お互いが理解し合いたいという強い衝動を感じるということは、人間が共同生活をするときの基本条件の一つである。(「人間知の心理 学」)

※アドラーはこのように「共同体感覚」を人間生得のものと考えていました。そして、その生得の 共同体感覚を育児や教育で引き出そうと考えていたのです。

 

 幼 児期の重要性

我々はまず最初に次のような認識に達した。つまり、人間の精神生活の形成にとって最強の刺激は、幼児期のきわめて初期に由来すると言うことである。

……中略……我々は人の幼児期の早期の体験をずっと後の諸状況及び態度と比較することによってこのような認識に達した。

そこで、特別に重要なこととして明らかになったことは、精神生活の個々の現象を、決してそれ自体で完結した全体と見なしてはならないということである。

そうではなくて、精神生活の全ての現象を不可分な全体の一部分として理解しなければならないということである。

さらには、ひとりの人間の運動の方向、生活の原型、人生スタイルを発見することによって、子どもの態度の中に隠されている目標がその人間のその後の生活 における態度と同一であることが理解された。この理解の上に、個々の現象が明らかになったのである。(「人間知の心理学」)

※アドラーはこのように、幼児期の早期体験が人生の態度を決定するのに「最強の刺激」になった と述べている。

また、「精神生活のすべての現象を不可分な全体の一部分」としている。他の心理学パラダイムと大きく違う全体論的とらえ方である。

 

 人と競争する人

そのような人間(絶えず競争して他人に勝とうとする人)がさらに発展していくのは容易なことではない。

人間社会は、そのような人間に対して好意的ではない。彼らは、目立つということによってすでに好かれなくなる。

彼らは絶えず優位に立とうとするので、すぐ他の者と争いを起こす。特に、彼らによって競争心を煽られる同じような性格の持ち主たちと争いを起こす。

彼らの人生は絶えざる戦いの連鎖となり、そして彼らが-ほとんど避けられないことであるが-敗れたときには、彼らの勝利と栄光の道はしばしば終わりに なってしまうのである。

そうなると彼らは、簡単に尻込みするようになり、忍耐力を失い、反撃を克服することがますます難しくなる。そのときには彼らを立ち直させるのは容易では ない。

与えられた課題に失敗したことは、ずっと後まで影響を及ぼし、彼らの発展はついに終わりに至る。そこでは別なタイプの人間、つまり自分がいつも攻撃され ていると感じる人間が始まるのである。(人間知の心理学)

※「競争の枠組み」の中で生きている人間は、最初は勝ち続けても最後には敗北者になってしま う。アドラーは「ほとんど避けられないことである」と明言している。敗北者は被害妄想的な人になってしまうのである。

 


※参照させていただいた本
「現代アドラー心理学」マナスター/コルシーニ著 前田憲一/高尾利数訳
「人生の意味の心理学」アルフレッド・アドラー著 高尾利数訳
「人間知の心理学」アルフレッド・アドラー著 高尾利数訳
「個人心理学講義生きることの科学」 アルフレッド・アドラー著 岸見一郎訳 一光社
「アドラー心理学の基礎」 ルドルフ・ドライカース著 宮野栄訳 一光社


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