2月28日 2月27日 2月 25日 2月24日 2月20日 2月 15日
前日、立志式で植える木のための穴を掘ろうかとしていると、
髪を伸ばして(うちの学校はなんと丸刈り強制なのです。)問題視されている生徒が二人、穴を掘ってくれる。とても感謝する。こんないい子たちを大人はどう
して問題視するのだろうか?僕が「よろしかったら〜していただけないでしょうか?」とお願い口調を使うと笑って聞いてくれた。命令と強制だらけのこの民主
主義が定着していないの世の中に、未来 本物の民主主義を定着されるのはこの子たちだと思う。
子どもたちが民主主義をすてきだなと思ってくれるのは、丸刈
りだとかヘルメットの着用だとかのルールを強制的に守らせることではないと思う。ルールは最低限、そしてルール制定の必要性が出てきたときには自分たちの
意見でルールが作られたと実感すること。守られないようなルールがあったら守られるようにルールの方を改正すること、こんな作業を地道にやることが民主主
義の精神を子どもたちに定着させていくことだと思う。人間を無理矢理ルールにあわせていく現在の学校教育の在り方は、ルール嫌いの人間を大量生産している
と思う。
僕のいっさい強制や命令をしないやり方をすてきだなと思って
くれたら、この子たちが大人になったときにまねしてくれるはずだ。命令や強制による人間関係でなく、お願いしていく協力的な人間関係をすてきだと思って実
践してくれる人が一人でも増えれば、それだけ民主主義の理想社会に近づくと思う。学校という小さな共同体ではなく、より大きな未来の日本に貢献していくこ
とが僕の責任だと思う。
立志式の中できつい環境に生きている生徒が作文発表する。す ごい内容だったのでとても心にしみいる。やはり普通の子が味わわない体験をしているからだろうか。他の生徒たちもしんとして聞き入ってい る。
子どもたちの作文発表が何よりも親御さんたちの心に浸みいったろうと思い、話そうと表いたことをはしょる。
不登校の生徒といわゆる非行に走る生徒が同じ立場に立たされていること(YG検査をすれば如実にあらわれ る)、今 全国的に不登校が記録的に増え(7万人以上 3年間で2万人も増えている)、熊本県は全国の2倍のスピードで増えている。つまり、問題は非行だ けでなく不登校も同じ根っこ「学校への不適応」なのだ。こんなに不適応を生み出す今の学校教育はおかしくないのでしょうか?ルールを破る生徒を処罰して言 うことを聞かすことが解決につながるのでしょうか?ということを訴えたかったのだが。
内観の方から返事が来ている。お断りしたつもりだったけど、 僕がずいぶんと皮肉な意見を書いたからかなあ。つい反論したくなるのと助言したくなるのは僕の遺憾な癖だなあ。次回からやめよう。別に質問なんか書いたつ もりはないが「質問に答える」と言っていっぱい書いてある。日本人は「批判」を攻撃と感じるのかなあ。僕は批判は人間の理性や知識を高めるために不可欠な 作業だと思っている。カントの「純粋理性批判」は攻撃ではないよね。
内観をやっておられるから、アドラー心理学的考えに「違和
感」を抱かれたんじゃないかと思って内観とアドラー心理学の違いを書いたんだけど。ずいぶん誤解もあっていろいろと反論したくなるが、反論する必要は全く
ないので返事は書かない。まあ、内観は内観の良いとこがあるんだろうなあ。僕は支配的に感じて好きじゃないけど。
変なメール(出された方すいません。でも、どうやら治療者の方らしいから良いですね。)というのは内観を やっている人かららしい。僕のホームページが「読み苦しい」と言うご意見。ただ、どこの部分が読みぐるしいのか具体的には全く書いていない。僕がビールを 飲んでいるのも心配だという。ビールで困っているなんて一言も書いていないけど。代替案なき漠然とした否定的意見は批判ではなく単なる中傷だと思うが。一 応丁重なお断りの返事を書く。
やっぱり、こんな瞬間が一番幸せなのかなあ。
2月24日(火)?new
「じゃあ、パパはお出かけするから。」と言って出ようとする と、下の娘の翔子が「あうぃわいうー。」と言って泣き出す。僕に出かけるなと言っているのだ。夕べも遊んでないからな。妻が玄関まで連れてきてくれる。後 ろ髪を引かれる思いだが、泣いている娘を後に出かける。
学習会につくと生徒たちが待っている。一緒に勉強している
と、一人の女子生徒がなにやら話しかけてくる。クラスで何かあったらしい。話を聞く。周囲に惑わされることなく、自分の理性に従って行動すると良いんじゃ
ないかなと助言する。納得した様子。