ギンガマンのショーを2回も見る。娘二人はギンガマンと写真を撮ると言う。「何を言っているんだ。」と相手にせずに買い物をしてると、抱かれた翔子が騒ぐ。「じゃあ、自分一人行ってきてごらん。」と降ろしたら、振り向きもせずにスタスタ歩いていく。僕はあわてて追いかける。
他の子が撮影しているところへ、乱入していく翔子。すごい実行力。感心する。係りの人が困って「お母さんはいらっしゃいませんかー」。はいはいと手を挙げて迎えに行く。「お父さんですいません。」
泣いて頼まれると応じたくないが、こういう風に実行力で示されると応援したくなる。「写るんです」を買って、ギンガマンのところへ行く。ピンクの女の人のところへまず行く。翔子は抱いてもらってご満悦、景子も横に立って撮影。次に黄色の人、みどりの人と写る。
二人はもう大大満足。
しかし、これって「ゴレンジャー」の流れだよね。石の森章太郎先生は偉大だ。しかし、赤の人が一番強いのはなぜだ?僕が子どもの時の「仮面の忍者赤影」もそうだったぞ。
日本人の心理には赤が一番重要という考えが刷り込まれているのか?
TA心理学からの流れの人が多いから、アドラー心理学がまだ定着していないかもしれない。でも、アドラー心理学的に人間の存在を「自分で制御できないものは何もない。」と規定するととても楽に生きられるんだけどなあ。
この前もの生徒とのカウンセリングで「君は、自分の感情が自分では制御できない、って思っているんじゃない?」と言ったら頷いていた。それで、「自分のことで自分で制御できないものは何一つないんだよ。」「自分の感情が制御できない、っていう迷信を信じていると、本当に制御できなくなるんだよ。」とアフリカのある部族の話を例として話した。
シュバイツァー博士の話だ。その部族は生まれたときに父親がその子のタブーを口にする。そしたら、その子はタブーにふれると死んでしまうのだ。例えば、「肩」がその子のタブーだとすると肩を打たれると死んでしまう。こんな出来事をシュバイツァーは目にしている。「バナナ」をタブーに持つ男がいて、料理を食べてしばらくして、その料理はバナナを料理した鍋で作られたことを知らされる。すると、それまでどうもなかった男が、急に泡を吹いて死んでしまうのだ。
これは迷信の力だ。迷信を信じていたその男の精神の力が「死」という結果さえ招き寄せたのだ。
「迷信は信じているととてつもない力を生み出すんだ。君も感情が自分を動かすと信じている間は、君は感情に動かされる。その迷信を捨てて、感情は道具で自分が自由に制御できるんだ、と気づくと感情に振り回されることはないんだよ。」
分かってくれたかどうかは、今後のその生徒の行動次第。
勇気づけの会 今日はトモローさんと、メアリーさんと、ゆーきさんと僕の4人。いろいろと話す。みんなつもる話があって、テキストまでは行き着かない。イヤー、なかなかおもしろかった。今日の参加者はみんな不合理で支配的でわがままな親を持ち苦しんでいる人ばかりだったのでとても意気投合した。くわしい内容は勇気づけの会を見てください。
翔子はご飯を食べないで、果物ばかりほしがる。もう出かける時間なのでおしめを替えようとするがいやがって怒る。遅刻しそうだ。これは頼むしかない。
真正面に行って、「すいませんが、寝坊してしまって時間がないんです。協力してもらえませんか?翔子ちゃんが何か気分が悪いのは分かるんですが、おしめはどうせ替えなくてはいけないでしょう?すいませんがおしめを替えさせていただけませんか?このままだと遅刻しそうなんです。お願いします。」と深々と頭を下げた。本当に困っていたから、頼んだのだ。
すると、「はい!」と言って手を差し出してくれた。ありがたくおしめを替えさせてもらう。とても協力的に替えさせてくれた。「どうもありがとうございました。おかげで、早く替えられました。」と言うと、にこっと笑ってくれた。