人間知の心理学1 アルフレッド・アドラー

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アドラー心理学
 アドラーの「人間知の心理学」の記述を通しながら、アドラー心理学の考え方を

 私なりに書かせていただきます。

 人は自分の経験を自分の経験を勝手に利用するものだ。実際われわれは毎日、人が自分の経 験から多種多様な結論を引き出しているのを観察することが出来る。

 例えば、絶えず何か間違い犯している人がいる。そして、間違いを絶えず犯している本人に、間違いを犯していることを認めさせることができたとしても、人 によって全く違うさまざまな結論を引き出すのだ。


 ある人は、こうした間違いを続けるのをやめる潮時だと結論づけるかもしれない。しかし、こうした結論を出す人は非常にまれである。


 ある人はこう答える。「長い間こうやって生きてきたので、間違いを犯し続けることをやめることは出来ない。」と。


 またある人は、自分の間違いを両親のせいにしたり、「教育が悪い」と言うかもしれない。あるいは、「私のことを心配してくれる人が誰もいなかった。」と か「私は甘やかされて育ったから。」とか「あまりにも厳しく扱われすぎた。」とか主張して、自分の間違いをそのまま続けるかもしれない。


 はっきりしているのは、こういう人は責任をとりたくないのだということである。彼らは、こうしたやり方で、いつも注意深く見せかけの正当化を用いて自己 批判を免れようとするのである。彼らは自分に責任があるとは決して思わず、自分が達成できなかったことすべてに対する責任は、いつも他者にあると言うので ある。


 この時に彼らが見落としていることは、彼らは自分の間違いを克服しようという努力をほとんどしないで、むしろある種の情熱を持って間違いを続けたいと 思っているということなのである。……(省略)……


 (このように人を注意深く観察していくと)経験は自由に解釈されうるものだということ、そして、そこから自分勝手な結論が引き出されうるということがわ かる。だからこそ、人は自分の歩みを変えようとしないし、自分のもろもろの経験をねじ曲げ、ついには自分の歩みに合わせるようなことをするのである。
(アルフレッド・アドラー 人間知の心理学 春秋社)


(これ以降が私の文章です。)

 アドラー心理学において、人は10歳までの間に人生を生きていくための行動の基本方針=ライフスタイル=性格を固定化して、その基本方針に従って生きて いくと考えられています。そして、その基本方針の変更は滅多なことでは行われないのです。


 アドラーは、なぜ人が自分の基本方針を変えようとしないのかを喝破し、1926年(なんと80年前です)にウィーンでこのように話しています。(「人間 知の心理学」は1926年のウィーンの講演をまとめたもの)


 アドラー心理学は自己責任の心理学なのですが、それは創始者のア ドラーが環境からの影響を自己変革否定の口実にすることを、徹底的に排除したからなのです。

 もちろん、私たちは育てられた環境、教育の影響を深く受けます。 親から虐待されて育ったら、それは不幸な癖をいっぱい持つでしょう。学校教育で不適切な競争意識を植え付けられたら、本来は協力し合うことが基本前提の社 会では生きにくいでしょう。

 しかし、それは「今自分が使っている不適切な行動パターン(ライフスタイル)」のある程度の説明になっても、それを適切な行動パターン(ライフスタイ ル)に変えない説明にはならないとアドラー心理学では考えるのです。


 まず、過去の不適切な環境(育てられ方、教育、過去の出来事)が 「不適切な行動パターン」のある程度の説明にしかならないのは、環境が決定因ではないとアドラー心理学では考えるからです。

 遺伝も環境も「行動パターン」(ライフスタイル)の原因の一つであることは確かなのですが、単なる影響因に過ぎなくて、決定しているのは自分自身である と考えているのです。


 ここは、よく誤解があるのですが、だから不適切な行動パターンを作った自分を責めなさいと言っているのではありません。

 責任を取るということは責めるという意味では全くないのです。

 単に最後まで面倒をみるということなのです。

 そういう不適切な行動パターンを作ったのは過去のことだし、過去のことをいちいちほじくり返して、自分を責めてみても何ら収穫はないのです。


 それに、アドラーも「子どもが悲観的な環境や批判的な環境から影響を受けて、子どもが不適切な信念を持ってしまい、世界や他者に敵意を持ったり、不安定 感を持ったり、自分に自信が持てなくなるのは、まだ未熟な子どもであるが故に避けられない。」という意味のことを言っています。


 いくら、自分自身が決定していると言っても、未熟な子どもの決定を「悪い!」と決めつけるのはおかしなことですよね。


 さて、「確かに過去の自分の環境には不適切な行動パターンを作り やすい影響がたくさんあった。

 しかし、最終的にこの不適切な行動パターンを基本方針として選択・決定したのは子ども時代の自分だった。

 今となってはそれもしょうがないことだ。」

 そして、「だからこそ、自分にはこの不適切な行動パターンを変えることが出来るし、その責任は自分にある。」ということが了解され、

 「よし変えよう!」と決断し、

 行動パターンをより適切なものに変えていきだしたとき、

 その人は「自己責任を取りだした」のです。 


 そうです。アドラーが言うように、単なる影響因である「育てられ 方」とか「過去の出来事」とか「不適切な教育」のせいにしている間は、人は自分を変えようとはしないのです。

 他人の責任にしている間は何も好転しないのです。過去の影響因のことをどれほど詳しく知ろうが何の役にも立たないのです。


 過去に目を向けるのはやめて、「今の自分の間違い」を克服する努 力を始めよう!とアドラーは言っているのです。それこそが「人間知」だと。

 最初っから、完璧に適切な行動パターン(生きていく基本方針=ラ イフスタイル)を持っている人はこの世にはいません。

 自分の行動のパターンには、必ず「間違い」が潜んでいます。

 そんな自分の不完全さをまず認めませんか?

 そして、自己を一歩でも進歩・成長させていく道に足を踏み出しませんか?


 アドレリアン(アドラー心理学に基づいた生活の実践者)への招待 です。


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